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君君たらずとも 臣は臣。

JUGEMテーマ:歴史

 

先日、浅野内匠頭長矩の赤穂事件の話を書いたけど、ずーっと前の(昭和36年)の曲に「刃傷松の廊下」というのがある。その三番の歌詞に「君君たらずとも 臣は臣」という一節が出てくる。(作詞は藤間哲朗) これは古文孝経に記された言葉の引用である。

つつまりは、「どんなバカ殿であっても、家臣は忠義を尽くせ。」という意味である。

 

さて、現代で考えると、この教えはろくなものではないし、たまったものではないが、徳川幕府による封建社会では、美徳とされた。というか、朱子学を導入し、それが武家の美徳であると教え込まれていったのである。よく「武士道」という言葉が使われるが、それは概ね、この朱子学に基づいている。

 

刃傷事件に戻るが、浅野長矩は吉良上野介義央を「この間の遺恨覚えたるか」とだけ叫び、後ろから切りつけたとされる。「殿中でござる。」も「お離し下され、梶川殿。」などというやり取りもなかった。老人を不意に後ろから切りつけるというのは、なんとも卑怯千万に思える。しかも、お飾りに近い小刀で切り付けてもなかなか致命傷を負わせることは難しい。どうにかしようと思ったら刺すべきである。結局、その遺恨とはなんだったのか今日まで不明のままである。

 

歴史学者、東京大学史料編纂所の教授でもある山本博文氏は、吉良に老中の前で「浅野は使えねぇ奴」と悪口を言われたことが原因とも考えられるとの意見。悪口くらいで?とも思うが、悪口を言われることは武士の恥辱であり、その恥辱、汚名をすすぐには相手を討ち果たすか、自身が切腹して意地を示す と言うのが当時の武士としては当たり前の考え方である。と解説していた。それも武士道である。つまり、武士道なんてものを現代の枠にはめて考えてはいけないのである。

 

それならば、浅野長矩はある程度、冷静に武士として真っ当な考え方に基づいた行動ともいえるが、藩主という立場はどうなんだろう?とも思う。浅野長矩は、癇癪持ちで、不遜・横柄で、女好きなどという文献や、もしかすると精神を病んでいたという説もある。じゃないと、突発的にそんな大事件を起こすはずがないとは現代的解釈なのか。もし、そうだとしたら現代では、心神喪失状態につき、刑事責任は問えない。

 

 

唄・・・真山一郎バージョンは削除されてた。

 

 

 

これが真実。

| もじょきち | しょーもなColumn | 13:32 | comments(2) | trackbacks(0) | -
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江戸の侍社会というのは、建前主義、出世主義、家の名にしばられ、身分差も激しい、監視密告と現代に通ずるものがあり、早い話がストレスの大爆発だったのかもしれませんな。くわばら
| やす | 2017/06/17 9:32 PM |

やすさん、ども。

社会制度や法律がどんなに変わろうと、人の心はそんなに変わるものではないってところですな。
まぅ、自由主義というのも、それはそれで面倒は沢山ある訳です。
| もじょきち | 2017/06/18 6:09 AM |










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